金剛寺について

当寺は真言宗醍醐派に属し、御本尊は庚申様『青面金剛王』を御祀りしているお寺です。
現在、来訪される方の幸せと開運の為に、【御先祖供養】【開運指導】【開運の為の鑑定】、殊に『鳴釜神事』『大般若法要』による本尊庚申様の誓願である【病難・苦難・厄難】を猿(去る)御祈願、弁財天尊福徳祈願・女性の良縁祈願・婦人病祈願、大黒天尊福徳祈願・勝負事・受験祈願を行っております。

金剛寺の成り立ちから現在まで……

開基は大正時代。 時に清信大僧正が、大阪市大正区にて修験行者の道場として開山をされたのが事の始まりです。昭和初期に、大阪府寝屋川市、現在の地に活動の場を移され、修験行者の道場として民衆に教化布教を行いました。

ある時、御本尊である青面金剛様のお告げを感得された清信大僧正は、寺格を宗教法人に昇格し、『大宝山金剛寺』として、さらなる信仰の道に進まれました。
檀信徒の教化布教に、また、本尊法楽の為の本堂建立に精進なされましたが、昭和49年、その志半ばに老衰により遷化されました。
以後、寺はご婦人の恵信僧尼が後を引き継がれはしましたが、当の恵信僧尼も老体で病弱であった為、後の数十年間、寺も荒廃していくばかりでした。

ある日の事、本尊である庚申様が、何と恵信僧尼の夢枕にお立ちになられ、『後に若い僧侶がこの寺を継ぐ事になる。それまで待て』とお告げがあったのだそうです(これは後に聞いた話)。

一方、その頃の私(現住職)は、高野山の本山で奉職をしておりました。そこで、当時の金剛寺の信徒総代より、この寺の現在の現状を聞かされ、私に何とか寺の復興を……とのお話がありました。

私は、師匠である高野山蓮華定院住職(元高野山宝壽院門主)添田隆俊大僧正にご相談をした所、「そのお寺の御本尊様が呼んでおられる。行って頑張ってみなさい」と励まされ、金剛寺を引き継ぐ事を決心したのです。

昭和61年、私は正に導かれるまま、このお寺に入山致しました。

その後、何とか復興の奮闘の折、本尊庚申様の『我を信ぜよ』とのお告げに従い、檀信徒の人達や多くの皆様の御協力の下、清信大和上の御意志を継ぎ、平成20年4月遂に念願の本堂新築を成し遂げる事となりました。

これもひとえに、本尊『庚申青面金剛尊』の御加護と檀信徒をはじめ、多くの皆様のご協力の賜物と大変感謝致しております。

そして私は、その御恩をお返ししなければいけません。

『皆様の幸せ祈る開運の寺』の住職として。